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全てフィクションです。登場する人物・団体は架空のものです。

泣き虫しょったんの奇跡をみて

とても良かったです。75点

しょったんは静かだが、確かな芯と優しさを持っていて、だからこそ悔しさを噛みしめる時の気迫もひとしお。

元々のストーリーの力があるのであとはどう映像として面白くするかってとこでしたね。

 

良かったのは

成長の過程を見てくのが飽きなかった

洗練されてる人生をノンフィクション映画にすれば自然と映像も無駄なくなるだろうね

いらん反抗期とかなくて

大学合格とか就職とかは詳細に描いてないけど納得いかない点など皆無だし

シンプルかつ力強いなあっていう印象。伏線というほどのことじゃないのかもしれないが、しょったんがたどってきた人生が新たな1局1局に昇華されていくのが見てて手に汗握りますね

いくら強くたって奨励会勝てなかったら終わりだし

プロ編入対局で3勝できなかったらそれはそれで終わりだし

ゲームオーバー常に見えてるのに勝てるって本当に、プロだ

奨励会からプロになれなかった絶望経験があるからこその強さであって

学んできたことを全て生かすというような心持ちがあるからこその勝利なんだなと思いました。

 

あと國村隼の演技良かった。

 

悪かったのは

bgmめちゃめちゃかっこいいがパターンが少ない

松たか子の序盤の教室での態度は、現実的にはちょっとしょったんを贔屓しすぎてる気がする

伏線張ってんのかなって感じムンムンした。実際そうだった。

ドラえもんが助けてくれるって下りは回収時は感動したけど、

伏線張る段階では、なんか会話としては上滑りしてる感じで、

それは印象付けるためにあえてやってるのかもしれないけれど、私はもっと自然な会話って感じにしてほしい

間が、教師が1生徒に使う間じゃないかなと思った。

いつかドラえもんが助けてくれるかもね♩くらいでいいんじゃないか。

 

あと、序盤、しょったんと鈴木ゆうやが邂逅するの、いきなり放課後の下駄箱は話が早いなあって思った 島耕作が女抱くときか

体育帰りに教室帰るときすれ違って目があって、その日はなぜか廊下でよくすれ違って、とかのシーンありつつとか。その放課後にもう一回会って、じゃあ、将棋やる?の流れとかじゃない?テンポとしては。

 

ワンクッション挟む派かなあ私、どうでもいいけどね

 

上白石の演技が浮いてると思った。最後のプロ編入決定の試合観戦では、あそこまで感情移入して観てるのはちょっと不自然に思えた

好みの問題なのかもしれないが私は、子供抱きかかえながら何と無くテレビを観てて、不意に子供が泣いて、視線をテレビからそらして、すごいな、って呟くくらいでいいんじゃないって思いました

 

あと突然の藤原竜也はなんだったんだろう。

 

 

余談

 

blankey jet cityの元ベーシストが音楽担当だったのか。照井利幸

後藤がよくジェッタシーとかマスタニーとか、ゴッドタンでマジ歌で歌ってる歌の、あからさまな元ネタとなっているバンド

このバンドをリスペクトしているのは

椎名林檎タモリjudy and mary のtakuya、

ポルノグラフィティtama

puffyのあみ

バイキング小峠

永作博美

glay jiro

など

なかなか錚々たる面子。

 

タモリがファンと公言し、思わず聞き入った際のエピソードをいくつも残している。

 

そのエピソードもまた示唆に満ちてる。おっとそれはタモリサイドの話

 

ともかくバンドの洗練性がうかがえる

 

聴いてみよう。

 

そして、将棋頑張ろう。

私もプロと言えるほど洗練された人間になるべく精進しよう

 

2018.07.20

金曜、新宿、10時から

 

22声掛け 3番ゲ 2連れ出し

 

東口サードバーガー付近で声掛けたアパレル系の子と並行トーク

そのまま東口の方まで。すごい紙袋だったのでツッコンで和み

西口の方から歩いてサザンテラスの方行こうとしてわからんくなってるらしい。

東京人でないことがほぼ確。聞いたら道産子。ガチ好み

荷物多いし一旦それ置いて飲んでまた持って帰るのもめんどそうだしな、ここは準即狙いで次へのステップ繋げとくかという感じ、

そうと決まれば運命トークでサブリミナルに刷り込むべく言葉をチョイス

仕草、表情、練習通りに。

直接的な言葉は使わないけれど運命的であることを丹念に思い込ませる。

去り際、あえてギリギリまで連絡先交換せず、バイバイしたあと改めて一度呼び止めてから

別にここまできたら普通に交換できたけど、

こっちもこんな道端で突然声掛けるなんてやり方いいのかわからない、でもやっぱりこのままバイバイは嫌だっていうテイを演出。

ドラマ性。これからが勝負

 

さてアパレル道産子放流後、華金、言ったるぞと、意気込んで

恋愛経験少なそうな学生っぽい人に声掛け

スト値7、国立理系大学生

確実に処女と確信、東京に住んでいるといくらイケメン美女でも社会のしがらみが大きすぎて童貞処女のオンパレード。日本の未来は危ない

正直どうやっても向こうの内在的欲求をうまく刺激すればいけると思ったが、まあ満喫とかプライドが許さなさそうなので、

ステップ踏んで居酒屋から誘う

酒飲めないグダ、はい形式、軽く流す、マトモに受け取らない

向こうの立場からすればすでに今何と無くすぎてる毎日に待望の非現実が訪れていて、でも怖いからまだ自分に言い訳して予防線貼りたいだけ。

その予防線が自分の足かせになるんだよ?っていうニュアンスを直接は伝えずに、焦らす

今までそうやって断ってきたの?笑

あとは彼女の方から。受験したものの何もやりたくないとか愚痴りまくり。没個性的すぎて。恋愛トークも、今まで一人だけで、プラトニック通り越してプラスチック。固すぎ。ガッチガチ。なんとなくいないとやばいかなみたいなもの同士で。東京の進学校ってのはつくづく残酷だなと。

ホテルで解放。

 

番ゲはまあ死に番だろう、とはいえこの日は満足いく内容

 

改めて自分の指針が明らかになる

チェスと将棋を廃人ばりにやり込む。

個人的にはナンパは全体的に考えるとチェスより将棋の方に近いと思う。というか将棋の方が至る局面で示唆に溢れすぎて人生のあらゆる側面に当てはまりすぎる節があるという感じだが。

しかし、チェスの終盤戦については、将棋のそれよりシビアに恋愛やナンパの駆け引きと似ている。

つまり、チェスにおいて、こちらの手番終了後に相手の番で相手が動かせる駒がない状態になった場合、ステイルメイトと言って引き分けになってしまう。

もともとはかつて皇族がチェスで上記の形で詰まされたところ、「いや、こっちどれも動かせないから、これ、負けでもないっしょ、引き分け引き分け」って言ってごねたとことから始まったルールらしいが、

このルールがチェスの終盤戦を一層複雑かつ面白くしている。

こちらがガンガン攻めて相手が圧倒的劣勢でも、

例えばこちらが不必要にポーンを残しすぎていれば、相手はステイルメイトに持ち込みやすい。そうなったら引き分けに持っていかれてしまう。ステイルメイトはしかも、相手が逃げの技術がうまければもちろんやられてしまうが、相手の技術がない場合でも、こちらが調子に乗って勢いづいて攻めすぎると、気づいたらステイルメイトになっている、という場合も往々にしてある。

つまりこちらが経験を積めば積むほど、負けることは少なくなっていくけれど、

かと言って勝ちを量産できるようになるかというとそうでもないのだ。

王手を取るためには、事前に自分の味方であってものちに障害となりうるものであれば除外しておかなければならない。そういうシビアさがある。断捨離という発想も近いかもしれない。

その判断を磨くためにも、チェスも研究して行く。

 

また、今回のワールドカップで痛感したが野球とサッカーの知識を入れ直さねば笑

ノリだけでは即系しか行けない笑

ウイイレで特訓あるのみ。youtubeで動画も見漁る。

 

ジムで体鍛えつつ腹式呼吸から声も理想追求

普通に歌も特訓したいし

大事なのは感情を込め全身全霊で歌うことで、何と無くうまい人なんて無限にいるのだから。

自分がふと出す声にも神経が通っていて、魂がこもっている、そういう状態でなきゃ人は魅了されない。それに至るには、適当な時間を1秒も積み重ねず、凝縮した時間を1秒ずつ積み重ねるべきだ。

 

そして読書、映画、音楽はいつも通りで、ただ多角的に見て行く意識を強く持とうと実感した。

スピッツが大好きなのだが、スピッツ大学というブログを発見して、なるほどと思うところも多い反面、は?ってなる箇所も多々あって。

だが肝心なのは解釈の可能性であって、各人がその解釈に至ったプロセスに思いを馳せつつ、それをリスペクトしてより深く掘り下げて行く姿勢を持つことだと感じた。上には上がいるし、そもそも自分より何もかも下の人間なんて誰1人いない。他人は誰しも自分の持っていない部分を持っている、それを探すことこそ近道である。この視点で吸収する

ハクセンシュアに憧れて

全ての手に、血脈が通っているのだーーーー

この名言を残したのは、かの有名なチェスの第16代世界チャンピオン、ルノアール・ハクセンシュアである。

彼の指す手は全て無駄がなく論理的で、かと思えば突然感情的とも見れるような泥臭さを見せる。そう、彼は、見るものを決して飽きさせない天性のエンターテナーであった。

と同時に、巷では有名な口説きのプロであった。

彼が最初にある女性と接触する時、その発話の一言目から、すでに伏線は張り巡らされている。それは外から見ても一切そんなそぶりがないし、ターゲットである女性ももちろん気づかないし、恐ろしいことに、ハクセンシュア本人すら、気づいていないのだ。

それほどまでに彼は洗練されており、無意識のレベルで運命の糸を手繰り寄せることに長けている。複雑な4次元の迷路ですら、まるで初めからわかっていたかのように、スタートからゴールまでを最短距離で結んでしまう。

脳科学の研究が進んだ現代において、彼の口説き方のいくつかは、見事に理にかなったものであることも実証された。サブリミナル効果、潜在意識への侵入。彼は紛れもなく強盗である。

彼は決して無駄な手を打たない。

そう、全ての手に、血脈が通っている、まさにその言葉の通り。

 

そして、端的に言えば僕は彼に憧れている。

このブログは彼に少しでも近づくために書いていくつもりだ。

 

チェスの駒の中ではビショップが一番好きだ。

ビショップは斜めにしか動けない。斜めに突き進めるから縦横無尽で推進力があるようにも思えるけれど、その実、白黒が交互に配置されているチェスの盤において、ビショップは、ゲーム中、白の上、または、黒の上、どちらかしか動けない。

そんな、半分のマスだけしか動けない制約を受けながらも、斜めのラインに圧力をかけ、ゲームの中盤を担っていく姿は、健気で、極めて人間的で、好きだ。

 

全ての手に血脈を通わせる。ビショップなりに、動き回ってみる。